別所温泉:歴史・観光・写真

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別所温泉(長野県上田市・観光):概要 別所温泉別所温泉の歴史は古く日本武尊が東夷東征の際、多くの兵士が傷つき困っていると、仙人の化身と思われる1人の古老が現れ源泉の場所を告げたとされ、その源泉を浴びると瞬く間に傷が癒えたと伝えられています。古来の別所温泉は"七久里の湯"と称し平安時代中期に清少納言により執筆された枕草子にも記されているほど広く知られている存在で、天長2年(825)には慈覚大師が北向観音堂建立にあたり好んで入浴したとの伝承も残っています(枕草子には七久里の湯(別所温泉)・有馬の湯・玉造の湯を三名泉としています。※別所温泉では七久里の湯は日本武尊が東夷東征の際、現在地に七箇所の源泉を発見し「七苦離の湯」と名付けたとされ、承久の乱(1221年)頃、順徳天皇により編纂された歌論書「八雲御抄」では信濃御湯と七久里の湯は同義であると記されていますが、一般的には三重県津市榊原町にある榊原温泉の旧名である「七栗の湯」を指しているとされます。)。平安時代末期には木曽義仲が兵士の傷を癒す為に別所温泉を利用したとされ、葵御前(義仲に仕えた女武将)の為に湯屋を設けたのが現在の大湯の由来になっています。鎌倉時代に入ると塩田北条氏に庇護されたと考えられ安楽寺(国宝:八角三重塔)や常楽寺(北向観音)の堂宇の造営などを行う一方で地名である別所は別荘にも通じるものがあり塩田北条氏の別荘地として別所温泉の開発にも力を入れていたのかも知れません。その甲斐あってか鎌倉時代の別所温泉は信濃御湯として、名取御湯(宮城県秋保温泉)、犬養御湯(長野県野沢温泉)又は三函御湯(福島県いわき湯本温泉)とともに三御湯に数えられるほどの名声を得ています。江戸時代には上田藩が庇護し石湯・大師湯・大湯・長命湯(玄斉湯)・久我湯などの共同温泉が賑ったとされ、江戸時代後期に製作された温泉番付である諸国温泉功能鑑では「信州別所ノ湯」として前頭に格付けされ、当時から広く知られていました。行又、楽地的な要素と同時に北向観音や安楽寺などの信仰の霊場としての要素があり多く現在でも別所温泉には多くの古寺が存在するところから「信州の鎌倉」との異名があります。別所温泉には木曾義仲縁の大湯や弘法大師縁の大師湯、真田幸村縁の石湯の3軒の共同温泉があり多くの観光客や湯治客で活気を呈しています。

別所温泉効能: 慢性皮膚病、慢性婦人病、切傷、糖尿病など。
別所温泉泉質: 単純硫黄温泉(低張性アルカリ性高温泉)

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