野沢温泉(長野県・観光・歴史)

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野沢温泉(長野県:犬養御湯)・歴史:概要 野沢温泉野沢温泉の開湯には諸説あり奈良時代(724〜748年頃)に行基が発見したとも(近くにある小菅神社にも行基の伝説が残されています)、養老年間(717〜724)に猟師が巨熊の射抜いた際、熊が湯浴みをしたのを見つけたのが始まりとも、山伏が修行の際この地を訪れ発見したとも伝えられています。記録的には文禄9年(1272)に「湯山村」として記され、順徳天皇の御代(1210〜1221)には朝廷が選出した日本三御湯(名取御湯:秋保温泉・信濃御湯:別所温泉・犬養御湯:野沢温泉)に数えられました(諸説あり犬養御湯:野沢温泉ではなく三函御湯:いわき湯本温泉を上げる説もある。)。野沢温泉は弘治3年(1557)には温泉地として周辺に聞こえる存在となり、寛永年間(1624〜43)に当時の飯山藩主松平氏が湯屋(別荘)を設けて温泉場として本格的な整備を行われ、その後、一般の人々にも湯治を許可した事から湯治場として多くの人達が利用する事になりました。野沢温泉野沢温泉の源泉は大小30を数え、古くから「湯仲間」という組織によって維持管理運営されている13の外湯(共同温泉)は地元住民だけでなく湯治客にも開放され外湯めぐりが出来ます(外湯には洗濯湯が併設され住民達が洗濯や洗い場として温泉を利用し、一種の社交場になっています。)。又、野沢温泉は野沢菜発祥の地として知られ、宝暦6年(1756)、当時の健命寺住職晃天園瑞が京都から天王寺蕪の種を持ち帰り蒔いたところ現在の野沢菜に変異したと伝えられています(諸説あり:天王寺蕪はアジア系なのに対し、野沢菜はヨーロッパ系に近いとされ遺伝的には近隣の伝統野菜に近い事からカブの変種と考えられています。)。
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野沢温泉:周辺・観光・歴史・写真

麻釜
麻釜
えんま堂
えんま堂
温泉薬師堂
温泉薬師堂
釜神
釜神
琴平神社
琴平神社
熊薬師堂
熊薬師堂
健命寺
健命寺
御嶽神社
御嶽神社
庚申塔
庚申塔
秋葉神社
秋葉神社
西宮神社
西宮神社
千仏堂
千仏堂
洗濯湯
洗濯湯
池田善右ェ門記念碑
善右ェ門記念碑
長野パラリンピック聖火台
パラリン聖火台
湯殿山碑
湯殿山碑
道祖神祭り採火処
道祖神祭採火処
道祖神神社
道祖神神社
八幡神社
八幡神社
百番観音
百番観音
不動明王
不動明王
湯沢神社
湯沢神社
薬師堂
薬師堂
閻魔堂
閻魔堂
温泉街:写真
温泉街:写真

野沢温泉:外湯

上寺湯
上寺湯
中尾の湯
中尾の湯
十王堂の湯
十王堂の湯
大湯
大湯
新田の湯
新田の湯
松葉の湯
松葉の湯
横落の湯
横落の湯
河原湯
河原湯
滝の湯
滝の湯
熊の手洗い湯
熊の手洗い湯
真湯
真湯
秋葉の湯
秋葉の湯
麻釜の湯
麻釜の湯

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