渋温泉:歴史・観光・見所

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渋温泉(長野県下高井郡山ノ内町):概要 渋温泉渋温泉の歴史は古く奈良時代に行基が全国行脚の際に発見したのが始まりと伝えられています。戦国時代には武田信玄が温泉寺を庇護する事で渋温泉を開発させ川中島の戦いで負傷した家臣達を養生させた事から信玄の隠し湯ととも云われました。江戸時代に入ると松代藩(藩庁:松代城)領となり、天保14年(1843)には治水工事など私財を投じて渋温泉の開発に尽力した「つばたや旅館」を当時の藩主真田幸貫が本陣にしたと伝えられています。又、草津温泉と上信濃(善光寺)を結ぶ草津街道の宿駅でもあり、湯治客だけでなく旅人た物資の運搬者など多くの人々が利用し江戸時代後期には飯盛女も認められ大きく発展しました。野沢温泉明治から昭和初期の小説家田山花袋も渋温泉を訪れており著書である「「温泉めぐり」」では「信州の渋温泉は渋のようにベタベタする。」と評しています。渋温泉の石畳の道には初湯、笹の湯、綿の湯、竹の湯、松の湯、目洗い湯、七操の湯、神明滝の湯、大湯の9つの共同浴場の外湯巡りが有名で、数多くの文人墨客や著名人が訪れたという風情ある町並みが残されています。渋温泉の源泉は37箇所でそれぞれの温泉宿や共同浴場に引き込まれている為、泉質や効能が源泉ごとに異なっています。
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渋温泉:周辺・観光・歴史・写真

安代薬師堂
安代薬師堂
横湯薬師
横湯薬師
温泉寺
温泉寺
綿の湯
綿の湯
金毘羅宮
金毘羅宮
笹の湯
笹の湯
渋湯神社
渋湯神社
渋薬師庵
渋薬師庵
初湯
初湯
信玄の釜風呂
信玄の釜風呂
成田不動尊
成田不動尊
西の天満宮
西の天満宮
東の天満宮
東の天満宮
大獅子
大獅子
大湯
大湯
毘沙門天
毘沙門天
和光庵
和光庵
温泉街:写真
温泉街:写真

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