須坂市: 普願寺

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概要・歴史・観光・見所
普願寺(須坂市)概要: 大岩山普願寺は長野県須坂市大字小山南原町に境内を構えてる浄土真宗本願寺派の寺院です。普願寺は鎌倉時代に現在の埼玉県秩父に開かれたのが始まりと伝えられています。初代賢阿房信性は井上光盛を祖とする人物で業田次郎義遠と称していましたが親鸞聖人が常陸国稲田(現在の茨城県笠間市)に草庵を構えていた時代に帰依し出家したとされます。その後、武蔵国秩父郡大岩に移り開山し真宗本願寺派の"磯部六ヶ寺"(本誓寺・久保勝善寺・中俣勝善寺・願生寺・西巌寺・普願寺)の1つとして寺運が興隆し末寺は八ヵ寺を数えました。磯部六ヶ寺とは信性の父親とされる井上義勝が親鸞の高弟(二十四輩第九善性房)となり勝願寺を開山、それに従った関係者が勝願寺の配下となる六ヶ寺を開山しそのれらの寺院を指します。正和3年(1314)に本願寺覚如上人より"普願寺"寺号を賜り南北朝時代の観応2年(1351)に本郷付近、文明5年(1473)、又は弘治元年(1555)に現在地に移っています。歴代領主に庇護され元和3年(1617)には須坂藩主が陣屋が完成するまで仮宿として利用するなど関係が深かったとされます。又、須坂の豪商田中家の菩提寺で大檀那として多くの寄進を受けています。山号:大岩山。宗派:浄土真宗本願寺派。本尊:阿弥陀如来。

現在の普願寺本堂は延享4年(1747)に建てられたもので入母屋、銅板葺、平入、桁行18間、梁間18間、正面3間向拝付、越後国本与板村出身の丸山武兵衛が棟梁として手懸けています。鐘楼は嘉永4年(1851)に建てられたもので、入母屋、桟瓦葺、方1間、4隅柱、亀原和田四郎嘉博が棟梁として手懸けています。普願寺の本堂と鐘楼は江戸時代に建てられた寺院建築として貴重な事から平成4年(1992)に須坂市指定有形文化財に指定されています。又、寺宝である木造聖徳太子立像は鎌倉時代末期から室町時代に製作されたもので檜材、一木造、像高102cm、面幅11.5cm、胸幅24.5cm、玉眼、昭和59年(1984)に須坂市指定有形文化財に指定されています。

普願寺:写真

普願寺
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