福島宿本陣(木曽町)

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福島宿(木曽路)・本陣

【 概 要 】福島宿(長野県木曽郡木曽町福島)の本陣は慶長7年(1602)に正式に中山道(木曽路)が開削され福島宿が成立した際に設置されたと推定されています。本陣は代々白木十朗左ェ門家が歴任し福島宿の問屋も兼ねていました。本陣は大名や幕府役人、公家、高僧など身分が高い人物が休息や宿泊で利用する施設で、格式や意匠、規模などが定められ、家人と言えど一般庶民の利用は禁止されていました。敷地面積は150坪と通常の町屋建築とは格段に広く、建物は大きく主屋と書院に分かれ、向って右側の主屋は家人、左側の書院は身分が高い人物が利用する施設となっていました。書院の前面には表門があり、門を入ると番所が設けられて厳重に出入が管理され、玄関は式台付、その奥に玄関の間(16畳)、その左に両間(12畳)、ここから一直線に四の間(10畳)、三の間(10畳)、二の間(10畳半)と続き、最奥に上段の間(7畳)が配されています。上段の間は身分が高い人物が利用する為、床の間、出書院、専用便所、御湯殿が設置されている格式の高いもので、庭園に接していました。主屋は向って右側三分の一が土間で中央が板間、左側に見世(8畳)、勝手(10畳)、中の間(8畳)、中の間(6畳)、中の間(6畳)と直線状に配され、敷地奥には土蔵や小屋などの付属舎が設けられていました。明治3年(1870)に明治政府より本陣名目の廃止が通達されて制度としての本陣は消滅、その後も建物は維持されていましたが、明治半ばに解体され、その跡地に明治39年(1906)役場庁舎が建てられました。現在の役場庁舎は昭和2年(1927)の火災で焼失後に再建されたもので、昭和初期の近代建築の遺構で貴重な存在です。

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