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旧上高井郡役所(須坂市)概要: 旧上高井郡役所は長野県須坂市大字須坂に位置し、大正6年(1917)に建てられた建物です。
高井郡は、明治2年(1869)に中野県に属していましたが、明治4年(1871)に長野県となり、明治9年(1876)に筑摩県と合併し、現在の長野県となっています。
明治11年(1878)に郡町村編成法の公布を受け、明治12年(1879)に高井郡が上高井郡と下高井郡に分割しています。
明治23年(1890)に府県制郡制の公布を受け、明治25年(1892)に自治体組織として上高井郡役所が開庁しています。
大正10年(1921)に府県制郡制廃止法が執行されると、大正15年(1926)に上高井郡役所が廃止となっています。
それを受け長野県の出先機関である上高井郡連合事務所となり、県関係の事務を行うと共に、上高井郡の蚕糸、林務、農商関係の団体連合事務所として利用されています。
昭和10年(1935)からは長野県経済部出張所となり経済更正計画の樹立奨励、耕地の拡張・改良・産業の指導奨励などの業務に利用されています。
昭和17年(1942)に上高井郡地方事務所になると、太平洋戦争中は統制機関、戦後は復興の拠点となっています。
昭和61年(1986)に長野地方事務所に統合され、須坂保健所となり、平成9年(1997)に須坂保健所須坂支所に改名しています。
平成17年(2005)に須坂保健所須坂支所が須坂病院に移転した事を受け、平成18年(2006)に当建物は須坂市に譲渡されています。
その後、名称を「旧上高井郡役所」に復し、当地の文化交流施設として整備され、平成30年(2018)には須坂市文書館が旧上高井郡役所内に設置されています。
旧上高井郡役所の建物の設計は長野県技手の川辺幾太郎、施行は明治時代後期に須坂町の宮本長作が創立した宮本組が担当しています。
構造は、木造2階建て、寄棟、桟瓦葺き、建築面積411.5u、延べ床面積760.2u、外観はバロック風で大正時代の開放感が溢れています。
玄関車寄せ廻りの意匠や上部のバルコニー、棟飾り、縦長の上げ下げ窓の採用、外壁は下見板張り、ペンキ仕上げ、2階欄間部は白漆喰仕上げにするなどの当時の洋風建築の要素を取り入れています。
正面2階屋根には一部ペディメント風に妻面を見せ意匠を施す事で建物の正面性を高めています。
旧上高井郡役所は長野県内に現存する数少ない大正時代の洋風役所建築の遺構として貴重な事から令和2年(2020)に須坂市指定有形文化財に指定されています。
現在は市民の交流拠点や歴史資料の展示などに利用され内部も見学することが出来ます。
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