須坂市: 墨坂神社

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概要・歴史・観光・見所
墨坂神社(須坂市)概要: 墨坂神社は長野県須坂市大字須坂芝宮に鎮座している神社です。墨坂神社の創建は不詳ですが伝承によると天武天皇白鳳2年(673)に大和国宇陀郡榛原に鎮座していた墨坂神の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。平安時代に編纂された「新抄格勅符抄」によると天応元年(781)に「墨坂神一戸信乃」との記載がある事から少なくともその当時、本社とされる大和国墨坂神社の神封が当地にありその鎮守社として分霊が勧請されたと思われます。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された高井郡6座の内の1座で古くから当地の産土神として篤く信仰されてきました(同市の小山に鎮座する墨坂神社も同じく式内社とされ論社という位置づけです)。

大正7年(1918)には旧境内から甕・横翁・坩・壷などが発掘、その中でも壷は1600年以上の遺物とも云われ所有の経緯は不詳ですが歴史の長さを感じられます(現在は社宝)。須田氏などの歴代領主からも崇敬され、特に江戸時代に入ると須坂藩(藩庁:須坂陣屋)の藩主堀家が庇護し、正月(正月8日には芝宮→天満宮→小山八幡と巡拝するのが藩中行事とされた。)や例祭などは藩主が参拝に訪れたそうです。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が排され明治6年(1873)に郷社、昭和3年(1928)に県社に列し、明治41年(1908)に神饌幣帛料供進社に指定されています。

墨坂神社境内の広さは東西約85m、南北約250m、長野県北部に鎮座する神社の中では有数とさ欅の巨木や石造の神橋、蚕神社などの境内社が軒を連ねています。祭神は墨坂神。配神は健御名方命。墨坂神社拝殿は入母屋、桟瓦葺、平入、正面千鳥破風、桁行11間、正面1間軒唐破風向拝付、外壁は真壁造り板張り。本殿は流造(現在は覆い屋の中)。毎年7月21日〜7月25日の5日間にわたり行われる例大祭、須坂祇園祭は元々は藩主堀家の先祖の霊を静める御霊会でしたが、町民に開放されてからは競うように笠鉾や屋台、神輿が造られ現在のような須坂の夏の風物詩になりました。

墨坂神社:写真

墨坂神社
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