仁科神社(大町市)概要: 仁科神社は長野県大町市平に鎮座しています。仁科神社の創建は大正時代に森城(仁科城)の主郭(本丸)に勧請されのが始まりとされ、森城(仁科城)城主だった仁科盛遠や明治以降の戦没者が祀られています(昭和22年:1957年に平村殉国英霊130余柱を合祀)。拝殿は木造平屋建て、切妻、鉄板亀甲葺き、平入、桁行7間、外壁は真壁造り素木横板張り、本殿は一間社神明造、外壁は真壁造り素木横板張り、境内には仁科盛遠の顕彰碑や「もとどり塚」、古碑などがあります。仁科盛遠は鎌倉時代初期に後鳥羽上皇に従い、承久3年(1221)に発生した承久の乱の際には朝廷方として鎌倉幕府と対立し、幕府方の北条朝時と越中国礪波山での戦いで敗れ討死しています。その際、森城(仁科城)の一角に盛遠の髻(もとどり:髪を頭の上に集めて束ねた所)を埋め御霊を弔ったのが「もとどり塚」の由来とされます。旧無格社。祭神:仁科盛遠。
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