山形村: 清水寺

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概要・歴史・観光・見所
清水寺(山形村)概要: 慈眼山清水寺は長野県東筑摩郡山形村清水高原に境内を構えてる天台宗の寺院です。清水寺の創建は天平元年(729)、行基菩薩が諸国巡錫の折、この地を霊地と悟り自ら千手観音像を彫り込み安置したのが始まりと伝えられています。延暦24年(805)から大同元年(806)、安曇野地方に大きな影響力を持った八面大王の討伐の為、朝廷は坂上田村麻呂を派遣、田村麻呂は清水寺に戦勝を祈願すると見事念願成就し大王を討つことが出来ました(一説には安曇野に侵攻した田村麻呂軍の悪逆非道の為、八面大王が立ち上がったが返り討ちあったとも)。田村麻呂は本尊である千手観音像を京都に持ち帰り清水寺を創建したとされ当寺が京都東山の清水寺の本寺と云われる由縁となっています。

清水寺は山岳密教寺院として寺運も隆盛しましたが、檀家が無く、参拝するにも難儀だった為、次第に衰微し江戸時代には境内もかなり荒廃していました。奈良時代から平安時代にかけて隆盛した山岳寺院の多くは麓に降り、為政者や支配者の庇護を受け、多くの檀家を獲得しましたが、清水寺は山中に留った為僧侶も離散、麓の村が管理したものの、一度不況になると境内維持は困難となり荒廃の一途をたどりました。宝永6年(1709)に禅心が住職に就任すると清水寺の再興が図られ、広く浄財を集めると享保11年(1726)には観音堂、享保12年(1727)には鐘楼が再建され、跡を継いだ光賢も境内整備と布教に尽力しました。山号:慈眼山。宗派:真言宗。本尊:千手観音菩薩。

清水寺の本堂は享保11年(1726)に建てられたもので、寄棟、金属板葺(内部茅葺)、妻入、桁行6.3m(3間)、梁間9.3m(5間)、正面一間軒唐破風向拝付、外壁は彩色、彫刻は極彩色。山門は享保11年(1726)に建てられたもので、寄棟、金属板葺、一間一戸、桁行3.1m、梁間2.4m、四脚楼門、上層部朱塗り、花頭窓、高欄付。鐘楼は享保12年(1727)に建てられたもので、宝形屋根、金属板葺(旧茅葺)、袴腰、桁行2.45m、梁間2.45m、上層部朱塗り、彫刻部極彩色。石造三重塔は、享保15年(1730)に清水寺を中興した禅心和尚が発願し、高遠領片倉村出身の石工良兵忠行が製作したもので石造、総高336cm。仁王門に安置されている仁王像は石造、阿形像像高165cm、吽形像像高165cm。清水寺の本堂、山門、鐘楼、石造三重搭、仁王像は貴重な事から昭和42年(1967)に山形村指定文化財に指定されています。

清水寺は寺宝が多く本尊(千手観音立像・作年:江戸時代、総高168.5cm、像高117.7cm、本堂厨子に安置、毎年5月八十八夜の日に御開帳)、前立本尊(千手観音立像・製作年:江戸時代、総高100.7cm、像高53.2cm)、大日如来(製作年:室町時代、総高136cm、像高79.5cm)、地蔵菩薩(製作年:江戸時代、南阿現良作、総高110cm、像高66cm)、釈迦如来(製作年:江戸時代、総高148cm、像高54cm)、普賢菩薩(製作年:江戸時代、総高120cm、像高43cm)、文殊菩薩(総高120cm、像高44cm)、小観音(聖観音:2躯、総高33cm、像高19cm)、唐塔(製作年:享保16年:1731年、石造、高さ62cm、幅30cm、奥行55cm)、経典(大般若経6百巻)が山形村指定文化財、枝垂桜、アララギが山形村指定天然記念物に境内全域が山形村指定史跡にそれぞれ指定されています。

清水寺:写真

清水寺
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