長野県・行基菩薩:縁の社寺・温泉

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社寺・温泉:一覧

名 称
場 所
内   容
・桑台院・長野県
・長野市
・聖武天皇の時代、行基菩薩が当地を訪れた際、1本の桑の霊木から3躯の千手観音菩薩像を彫刻し、1躯を桑台院(虫歌観音)、1躯を明真寺(清滝観音)、1躯を清水寺(保科観音)に安置したと伝えられています。
・明真寺・長野県
・長野市
・聖武天皇の時代、行基菩薩が当地を訪れた際、1本の桑の霊木から3躯の千手観音菩薩像を彫刻し、1躯を桑台院(虫歌観音)、1躯を明真寺(清滝観音)、1躯を清水寺(保科観音)に安置したと伝えられています。
・清水寺・長野県
・長野市
・聖武天皇の時代、行基菩薩が当地を訪れた際、1本の桑の霊木から3躯の千手観音菩薩像を彫刻し、1躯を桑台院(虫歌観音)、1躯を明真寺(清滝観音)、1躯を清水寺(保科観音)に安置したと伝えられています。
・放光寺・長野県
・松本市
・天平2年(730)、行基菩薩が聖徳太子が彫刻したと伝わる十一面観音菩薩像を安置したのが始まりとされ、延暦年間(782〜806年)に坂上田村麻呂が中房山に巣食う悪鬼退治の戦勝祈願を行い、見事念願が成就すると感謝の意から境内の整備が行ったと伝えられています。
・長安寺・長野県
・松本市
・天平勝宝年間(749〜757年)、行基菩薩が全国を巡錫し当地を訪れた際、当地に奇岩、怪石が多く存在した事から霊地と悟り、自ら本尊となる観音像を彫刻し一宇を設けて安置したのが始まりとされます。その後、弘法大師空海が当地を訪れた際、行基同様に霊地と悟り大日如来像、大黒天像などを爪で彫刻し安置したとも伝えられています。
布引観音・長野県
小諸市
・布引観音は神亀元年(724)、行基菩薩が当地を訪れた際、霊地と悟り、聖徳太子が自ら彫刻したと伝わる聖観音像を安置したと伝えられています。
・高顕寺・長野県
・須坂市
・奈良時代に行基菩薩により開かれたと伝えられています。その後は米子不動尊の別当寺院として信仰を集めました。
・不動寺・長野県
・須坂市
・天平14年(742)に行基菩薩が当地を訪れた際、自ら大日如来像を彫刻し一宇を設けて安置したのが始まりとされます。現在の本尊である不動明王像は、弘法大師空海が一刀三礼で彫刻したと伝わるもので、その後、室町足利将軍家の手に渡り、戦国時代に上杉謙信が関東管領に就任した際に13代将軍足利義輝から賜り、上杉家の家臣から不動寺に奉納されました。米子不動尊は、成田不動尊(千葉県成田市)、菅谷不動尊(新潟県新発田市)と共に日本三大不動尊の一つに数えられています。
安楽寺別所温泉・天平年間(729〜749年)に行基菩薩が当地(別所温泉の温泉街)に長楽寺・安楽寺・常楽寺の3カ寺を創建したと伝えられています。平安時代後期には信濃守である平維茂、鎌倉時代後期には塩田北条氏から庇護され寺運が隆盛しています。

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※ 「全国の行基菩薩:縁の社寺・温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。