筑北村: 岩殿寺

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概要・歴史・観光・見所
岩殿寺(青柳宿・筑北村)概要: 富蔵山岩殿寺は長野県東筑摩郡筑北村坂北別所に境内を構えている天台宗の寺院です。岩殿寺の創建は不詳ですが奈良時代に役行者の弟子である学文行者が岩殿山一帯を修験道場として開いたのが始まりと伝えられています。その後、嘉祥元年(848)に仁明天皇の勅命により慈覚大師円仁が一向大乗寺として再興、岩殿山山頂には三所権現を安置し十一面観世音・深砂大王二尊を本尊としました。以来、熊野信仰と神仏混合し、歴代領主に庇護されるなど寺運は隆盛し最盛期には寺領300町を領し境内には大小75社、12坊、4支院を有す大寺となり信者は甲信越上州に及んだそうです。戦国時代には武田信玄、江戸時代に入ると松本藩の藩主から庇護され慶長19年(1614)には小笠原秀政が旧領を安堵、水野家からは黒印30石を安堵されましたが幾度と無く火災が発生し次第に衰退していきます。

岩殿寺の寺宝である金銅三所権現懸仏(径38cm、上半部:十一面観音像・下半右:聖観音像・下半左:釈迦如来像)は建長元年(1249)に制作されたもので鎌倉時代前期の代表作の一つとして大変貴重な事から昭和34年(1959)に国指定重要文化財に指定されています。木造男神立像3躯(鎌倉時代・桂材一木造り・像高133.6cm・136cm・132.4cm)は当初、岩殿山山頂に三所権現として祭られていましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令後に、岩殿寺に移されたもので平成17年(2005)に長野県県宝に指定されています。岩殿寺大日堂は宝暦13年(1763)に造営されたもので木造平屋建て、寄棟、鉄板葺き、妻入り、間口3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、四周浜縁、江戸時代中期の御堂建築の遺構として貴重な事から筑北村指定文化財に指定されています。信濃三十三観音霊場15番札所(札所本尊:馬頭観世音菩薩・御詠歌:罪とがも 露と消えなん 岩殿の 松吹く風も 御法なるらん)。山号:富蔵山。宗派は天台宗。本尊は馬頭観音像。

岩殿寺の文化財
・ 金銅三所権現懸仏−建長元年(1249)−国指定重要文化財
・ 木造大日如来坐像−鎌倉時代−国指定重要文化財
・ 木造男神立像(3躯)−鎌倉時代−長野県指定県宝
・ 石造馬頭観世音騎馬像−安政2年(1855)−筑北村指定文化財
・ 岩殿寺神願門−天文19年−切妻、茅葺、四脚門−筑北村指定文化財
・ 大日堂及び仁王門−江戸時代−寄棟、妻入−筑北村指定文化財
・ 大日堂仁王像(2体阿形・吽形)−寛延3年−寄木造−筑北村指定文化財
・ 大日堂樅−推定樹齢800年、樹高30m、幹周5.2m−筑北村指定天然記念物

岩殿寺(神願門・本堂):写真

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