大澤酒造(茂田井宿)概要: 大澤家は寛文10年(1670)に当地に土着し、元文2年(1737)から明治4年(1872)まで茂田井村の名主を務めた家柄です。茂田井宿は正式な宿場町ではない間宿で本陣が設けられなかった事から大澤家が代替施設として身分の高い人物が利用し、茂田井村下組高札場跡にもなっています。文久元年(1861)に公武合体運動の一環で皇女和宮(仁孝天皇の第八皇女、孝明天皇の異母妹)が第十四代将軍徳川家茂に降嫁した際には、小諸藩の費用の一部として10両を献金し、藩からは銚子が拝領されています。元治元年(1864)11月19日に水戸天狗党が中山道を西上し上洛しようとした際には、幕府の追討令を受けた小諸藩が本陣として利用しています。現在でも大澤酒造の敷地間口一杯に白漆喰で仕上げられた土蔵が建ち並び茂田宿の町並みの中でも異彩を放ち、屋敷の前には旧茂田井村高札場があり当時から集落の中心部だったようでうす。又、大澤家は元禄2年(1689)から酒造業を始めた旧家としても知られ、酒造家としては長野県内では指折りの古さで創業当初に醸造した日本酒は現存する最古の日本酒と言われています。現在は大澤酒造民俗資料館としなの山林美術館、館書道館になっていています。
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