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西宮の歌舞伎舞台(東御市)概要: 西宮の歌舞伎舞台は長野県東御市祢津立町に鎮座する祢津建事神社の境内に位置しています。
祢津立町で何時頃から地歌舞伎が演じられたのかは判りませんが、隣接する東町と同時期と考えられる為、江戸時代中期以前と推定されています。
江戸時代、当地には寄合旗本5千石の禰津松平家の陣屋が構えられた事から、周辺地域よりも江戸の文化が入り込みやすく、強く影響を受けたと思われます。
中世、当地を支配した禰津氏は信濃国小県郡を中心に勢力を拡大した滋野氏の一族で、当時の当主滋野重道の二男である道直が禰津村を本貫とした事から、地名に因み「禰津」姓を掲げました。
禰津氏は滋野一族である海野氏、望月氏と共に「滋野三家」に数えられると共に、2代目禰津貞直は諏訪家の猶子になった為、代々諏訪神党の一翼を担いました。
西宮の歌舞伎舞台がある祢津建事神社は禰津氏が信仰した諏訪大社から御霊を勧請し奉斎したと思われる神社で、諏訪大社と同様に7年に1度、寅と申の年に御柱祭が行われ、その際、歌舞伎が奉納されています。
近年までは住民達が歌舞伎の担い手だったようですが、現在は他地域から舞手を招いているようです。
西宮の歌舞伎舞台は江戸時代後期の文化13年(1816)に建てられたもので、明治4年(1871)に主要構造と古材を最大限利用しつつ改修工事が行われています。
構造は木造平屋建て、寄棟、元茅葺の金属板葺、平入り、桁行き8間(約14.5m)、梁間4間半(約8.1m)、建坪は約40坪、背面の中央には下屋付。
背面は崖づくり、床高は前面桟敷から2.64尺、奈落で7尺、柱高10.9尺、舞台総板張り、奈落の床は土間仕上げ。
舞台の両袖には下坐が設けられ、中央にはコマ式回し舞台と3カ所の舞台を上下させ、役者を奈落から登場させる施設である「セリ上げ」。舞台の背景を左右に分け、裏の背景に早変わりさせる施設である「セリ分ケ」。
舞台の背景を前後させ立体的な動きを見せる施設である「セリ出シ」、舞台背景をどんでん返しさせる施設である「田楽返し」を備えています。
回しのある歌舞伎舞台としては、日本で最古とされ「舞台見るなら西宮へ、芝居見るなら東町へ」と言われるほど優れた歌舞伎舞台として広く知られていました。
西宮の歌舞伎舞台は当時の庶民文化を象徴する遺構として貴重な事から昭和57年(1982)に長野県指定県宝(有形民俗文化財)に指定されています。
祢津建事神社の創建は不詳ですが境内は祢津城上の城の砦跡とされ当地の鎮守と思われます。拝殿は入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行6間、正面1間唐破風向拝付き、本殿は一間社流造銅板葺き、外壁木部朱塗り。祭神も判りませんでしたが例祭で「御柱祭」が行われている事から諏訪大神が祭られていると思われます。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-長野県教育委員会・東御市教育委員会
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