東御市: 祢津大日堂

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概要・歴史・観光・見所
祢津大日堂(東御市)概要: 祢津大日堂は武田信玄が長野の善光寺(長野県長野市)から甲斐善光寺(山梨県甲府市)へ本尊を移す際、天文24年(1555)7月から弘治4年(1558)9月頃一時安置したと伝えられています。堂内には大日如来像の他に善光寺三尊型式の仏像が安置され善光寺との関係性が伺えます。別当である長命寺は平安時代の天延3年(975)、尊誉上人により開かれた寺院で最盛期は12坊を擁する大寺院として大きな影響力がありましたが、戦国時代の天文年間(1532〜1554年)に兵火により多くの堂宇が焼失し衰微し、江戸時代に領主である松平家の庇護により再興を果たしています。

現在の祢津大日堂の建物は江戸時代初期の延宝7年(1679)に建立されたもので入母屋、銅瓦棒葺き、3間向拝付、桁行き5間、梁間4間、正面屋根には大きな千鳥破風、向拝も唐破風にするなど格式の高さを感じさせる御堂建築の遺構として貴重な事から、内部に掲げられている算額と共に平成6年(1994)に東御市指定文化財に指定されています。観音堂は木造平屋建て、寄棟、銅板葺き、桁行5間、正面1間向拝付き、堂内に安置されている板東三十三番札所霊場と秩父三十四番札所霊場と西国三十三番札所霊場の本尊を模した仏像合計100躯は昭和62年(1987)に東御市指定文化財に指定されています。境内の御堂には本社で農耕神として雨乞いに御利益があると信仰された石尊大権現(神奈川県伊勢原市大山:大山阿夫利神社)で祈祷や祈願の際に持ち帰った数多くの木製の刀(納め刀:160本余)が奉納され、名称「石尊さまの納め刀」として昭和59年(1984)に東御市指定有形民俗文化財に指定されています。江戸時代の例祭は「弥津の柿市」と称し甲州や上州からも参拝者が訪れ大変な賑わいで布引観音の例祭とも片を並べていたそうです。

祢津大日堂:写真

祢津大日堂
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