松本市: 中田家住宅

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概要・歴史・観光・見所

中田家住宅(松本市)概要: 中田家住宅は長野県松本市出川2丁目に屋敷を構えている古民家です。 中田家は戦国時代に甲斐武田家に仕えていましたが、天正10年(1582)に武田家が滅びると、新たに松本城主となった小笠原貞慶に従いました。 元和3年(1617)に小笠原忠真が明石藩に移封になると、それに従いましたが、その後は松本に帰参して帰農、松本藩主戸田家の代には当地の大庄屋に抜擢されています。 中田家は松本藩の行政区の一つである出川組の名主役を歴任し、安永6年(1777)には身分が高い家しか認められなかった酒造業を創業しています。 又、当地は善光寺街道の間宿である出川宿が成立した為、当家も重きを成したと思われ、藩主が鷹狩り等で当地を訪れた際には休憩所として利用されています。 さらに、松本藩主戸田家に仕えた儒学者である木澤天童も度々当家を訪れ、文化2年(1805)11月に筆された「亀鶴石記」には当屋敷の庭園の詳細が記されています。 同年には江戸狂歌会の一角を支えた狂歌師である鹿都部真顔が松本を訪れた際に中田家に逗留し、厚遇された事が狂歌稿に記されています。 明治13年(1880)に行われた明治天皇北国御巡幸の際には中田家が御小休所として利用されています。 現在の中田家住宅主屋は明治23年(1890)に建てられた建物で、木造2階建て、桟瓦葺き、切妻、妻入り、本棟造り、桁行10間、梁間10間。 中田家住宅書院は天和・貞享年間(1681〜1688年)の火災で焼失後の元禄年間(1688〜1704年)に再建されたと推定される建物で、庭園に面した書院造、身分の高い人物が利用した為、格式の高い造りとなっています。 中田家住宅主屋・書院は貴重な事から昭和44年(1969)に松本市指定重要文化財に指定されています。 中田家住宅庭園は江戸時代初期に作庭されたと推定される平庭式池泉回遊様式の庭園で、約578uが貴重な事から昭和54年(1979)に長野県指定名勝に指定されています。

【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-松本市教育委員会

中田家住宅:写真

中田家住宅
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