木曽路: 三留野宿

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概要・歴史・観光・見所
三留野宿(木曽路)概要: 三留野の集落的な発生時期は不詳ですが、地名の由来が領主である木曽氏の御殿があったの伝承が残っている事から、これが事実とすれば中世には既に重要な地だった事になります。天文2年(1533)に17代木曽義在が領内の馬籠宿(岐阜県中津川市)から洗馬宿までの街道(木曽路の前身)を整備している事から三留野宿も関係が深かったと思われます。詳細は不詳ですが三留野宿本陣の鮎沢弥左衛門家の関係者と思われる鮎沢弥三郎は天正7年(1579)に18代木曽義昌から知行安堵が行われ、天正12年(1584)に三留野宿と妻籠宿の間に築かれた妻籠城で徳川の大軍が侵攻してきた際には鮎沢氏も城将の1人と配されている事から、鮎沢家は中世以来の土豪で、木曽氏が木曽谷に離れた際に帰農し三留野宿の支配層になったと思われます。問屋の勝野家も関係者と思われる勝野平左衛門と勝野惣兵衛が「岐蘇古今沿革志」に記載されている「義昌従士名」に名を連ね、鮎沢家と共に妻籠城に詰めていた事が記録されています。三留野の地は古くから交通の要衝だったようで、天正18年(1590)の小田原の陣の際には上杉軍の援軍として派兵された豊臣軍が三留野宿に陣を張った事が千村文書(千村十左衛門尉宛前田利家の書状)に記載されています。

三留野宿は慶長(1596年〜)から元和年間(〜1624年)に整備された宿場町で中山道69次中41番目(79里24町28間(312.9キロ)に位置しています。天保14年(1843)に編纂された「中山道宿村大概帳」によると本陣1軒(鮎沢家)、脇本陣1軒(宮川家)、旅籠32軒、問屋(勝野家)、旅籠32軒(大7・中19・小6)、人口594人で構成されていました。三留野宿は新町、上仲町、下仲町、坂の下で構成され2町15間(約153m)の長さがあり江戸時代は概ね尾張藩領として支配されました。野尻宿と三留野宿との間には木曽川の浸食によって削り取られた断崖が迫り、羅天桟道や与川渡といった木曽路を代表する難所が続いた為、大雨が降る毎に川止めになる為、享保年間(1716〜1736年)与川道と呼ばれる迂回路が整備されました。江戸時代には万治、延宝、元和、宝永年間の4度火災があり特に明治14年(1881)の大火災で多くの建物(家屋74軒・土蔵8軒)が焼失し、現在の町並みはそれ以降に再建されたものです。

三留野宿本陣は代々鮎沢弥左衛門家が世襲し文久2年(1862)11月1日には皇女和宮が、明治13年(1880)6月27日には明治天皇が宿泊で利用しています。明治14年(1881)7月10日の三留野宿大火に類焼し本陣の建物も焼失しましたが「枝垂れ梅の木」(南木曽町指定天然記念物)や「御膳水の井戸」(昭和54年に復元)などが往時の繁栄が窺えます。脇本陣は代々宮川家が世襲し脇本陣役だけでなく三留野村の庄屋など上役を歴任に宿場内での実力者でした。

街道に隣接する等覚寺は天正年間(1573〜1593年)に当地に移ってきたと伝えられる曹洞宗の寺院で境内に建立されている円空堂には円空仏(弁財天十五童子像・天神像・韋駄天像:南木曽町指定有形文化財)が安置されています。三留野宿は往時、皇女和宮や明治天皇の巡航をはじめ正岡子規や斉藤茂吉などの文人墨客が利用し活気があったそうですが南木曽駅が出来てからは中心部が駅前に移り、現在は明治以降に建てられた町屋で構成される落ち着いた町並みを見ることが出来ます。

三留野宿:町並み・写真

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三留野宿・神社・寺院・城郭・古民家

本陣
□−本陣

三留野宿の本陣は鮎沢弥左衛門家が代々歴任し、文化6年(1809)には伊能忠敬が全国測量の際に宿泊、文久元年(1861)には皇女和宮が宿泊、文久13年(1880)には明治天皇巡幸の際には宿泊で利用、明治14年(1881)に焼失。
脇本陣
□−脇本陣

三留野宿の脇本陣は代々宮川家が歴任し、庄屋を兼任するなど宿場内でも実力者として知られていました。明治14年(1881)に焼失。現在の建物はその後再建されたもので、木造平屋建、寄棟、平入、鉄板葺、往時に比べると縮小されたと思われます。



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