木曽路(中山道): 藪原宿

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藪原宿・歴史・観光・見所
藪原宿(木曽郡木祖村)概要: 藪原宿は慶長から元和年間に整備された宿場町で中山道69次中35番目(65里35町16間:約259.1キロ)に位置しています。中山道(木曽路)の難所の1つ鳥居峠の麓に位置し、飛騨街道奈川道(野麦峠を経て飛騨高山へ至)の分岐点でもあった為、反対側の奈良井宿ほどではありませんが木曽路にある宿場町の中では本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠10軒、問屋2軒、家屋266軒、人口1493人、宿場長さ5町25間と比較的規模の大きかったとされます。本陣は代々古畑十右衛門家(木曽家村の3男家景の後裔、後に寺島と改称)が世襲し往時は間口14.5間(約26m)、奥行21間(約39m)の敷地に表門、番所、式台付玄関、上段の間など格式の高い主屋があり総部屋数は20余りありました。藪原宿は鳥居峠を控えていた為、本陣には多くの大名や幕府役人、公家、高僧などが利用し、文久元年(1861)11月3日には皇女和宮も宿泊で利用しました。脇本陣は代々古畑又左衛門家が世襲し表門は無かったものの式台付の玄関と建坪104坪の屋敷があり明治13年(1880)6月26日には明治天皇巡幸の折御小休で利用しています。町屋では「お六櫛」(長野県伝統工芸品)と呼ばれる櫛を生産する住民が多く木曽路の土産物の1つとして名声をあげ現在でも製造販売している店があるそうです。又、藪原宿は元禄8年(1695)や文化年間(1804〜17)など度々大火に襲われ、広小路や防火高塀といった延焼を押える工夫が施されています。
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