長野市: 正満寺

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概要・歴史・観光・見所
正満寺(長野市)概要: 光濃山正満寺の創建は戦国時代の弘治2年(1556)、当時の領主、井上兵庫守左衛門尉信満が嫡男である井上備前守正満の菩提を弔う為に開かれたのが始まりとされます。井上氏は清和源氏多田満仲の孫に当たる源頼季が信濃領が与えられ、高井郡井上を本拠にした事から、地名に因み井上氏を名乗ったとされます。その後、井上家からは多くの氏族を排出し、その有力氏族の1つが綿内井上氏で正満寺を菩提寺としています。井上氏は武田信玄の信濃侵攻の際に、当初は上杉謙信に従って対立したものの、その後、武田家に従い、武田家が滅ぶと上杉家に転じ、慶長3年(1598)に上杉景勝が会津黒川城(福島県会津若松市)に移封になると井上氏も従い当地を離れたと思われます。正満寺は庇護者を失ったものの、その後も寺運が維持され倫誉念海(増上寺54世)や 慧旭(増上寺学頭職)等の高僧を輩出し、縁のある寺宝を数多く所有しています。

正満寺山門は元禄17年(1704)に建てられたもので入母屋、桟瓦葺き、上層部は正面3間、奥行2間、外壁は柱のみの吹きさらしの鐘楼堂で下層部は一間一戸の四脚門風に構成されている鐘楼門です。長野市内の江戸時代中期の数少ない楼門形式の山門として貴重な事から昭和53年(1978)に長野市指定有形文化財に指定されています。本堂は寄棟、鉄板葺き、平入、越屋根付、桁行8間、正面1間向拝付、外壁は真壁造り、白漆喰仕上げ。宝庫は寄棟、瓦葺、平入、校倉造り。北信濃十三仏霊場第10番札所。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀如来。

正満寺:写真

正満寺
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