飯田市: 長姫神社

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概要・歴史・観光・見所
長姫神社(飯田市)概要: 長姫神社創建は明治13年(1880)、旧飯田藩士の発願により旧飯田城二の丸に堀秀政(※1)、堀親良(※2)、堀親昌(※3)の御霊を勧請し社殿を建立したのが始まりとされます。元々は堀家の氏神として江戸の菩提寺である東江寺(東京都渋谷区広尾)の境内に祀られていましたが嘉永3年(1850)11代藩主堀親義により飯田城の山伏丸に建てられた宝蔵に移され、その後、堀家の祈願所で飯田城の鬼門鎮護として寺領50石を安堵するなど庇護していた月山寺普門院(飯田市仲ノ町)の境内に社殿を設けて遷座しました。しかし、明治時代初頭に発令された神仏分離令により普門院が廃寺になると3神は堀家邸内(飯田市松尾久井)に移されました(跡地は普門院の守護神だった天満宮が鎮座しています)。その後、長姫神社建立の機運が高まり明治13年(1880)に社号許可を得て社殿が造営され、明治33年(1900)、飯田小学校校舎新築に伴い現在地である飯田城旧本丸の地に遷座しました。

長姫神社拝殿は入母屋、銅板葺、妻入り、桁行3間、梁間3間。本殿は切妻、銅板葺、妻入。飯田温泉に隣接している為、手水舎には温泉が引き込まれています。境内に建立されている観耕亭碑は飯田藩11代藩主堀親義が本丸内に観耕亭を設けて領内視察した事を記した石碑で碑文は安積信、書は高橋豊珪、篆額は安藤正宜の筆による貴重なものとして昭和43年(1968)に飯田市指定史跡に指定されています。

補足(※1)堀秀政−織田信長の小姓から台頭し、その後秀吉の家臣として越前国北ノ庄に18万石が与えられた。
(※2)堀親良−飯田堀家の祖とされ烏山藩2万5千石を領した。
(※3)堀親昌−堀親良の長男、飯田堀家2代、初代飯田藩2万石藩主。

長姫神社:写真

長姫神社
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