鳩ヶ嶺八幡神社

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概要・歴史・観光・見所
鳩ヶ嶺八幡神社(飯田市)概要: 鳩ヶ嶺八幡神社は長野県飯田市八幡町に鎮座している神社です。鳩ヶ嶺八幡神社の創建は康平5年(1062)当時の信濃守護職にあった源為公が石清水八幡宮(京都府八幡市)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。以来、歴代領主に崇敬され正嘉元年(1257)には小笠原長政が社殿を再建し、慶長6年(1601)には伊那郡代官に就任した朝日受永が領内に鎮座している神社の中で最高の社領10石、その神宮寺に寺領5石を安堵し、慶長18年(1613)には小笠原秀政が社殿の修築を行っています。江戸時代に入っても毛利氏、京極氏、脇坂、堀氏などの飯田藩(藩庁:飯田城)の藩主により庇護され社領の安堵や社殿の造営が行われました。古くから神仏習合し別当寺院として神宮寺が祭祀を司ってきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により神宮寺は廃寺となり、県社に列しています。祭神:誉田別尊座像(応神天皇)、息長足姫命(神功天皇)、武内宿称。

現在の鳩ヶ嶺八幡神社本殿は明暦2年(1658)に当時と飯田藩主脇坂安村が寄進したもので三間社流造、銅板葺き、桁行3間、梁間2間、外壁は極彩色で彩られ、江戸時代前期の当地方の貴重な神社本殿建築として昭和51年(1976)に飯田市指定有形文化財に指定されています。又、本殿内部には正応元年(1288)に制作された主神である誉田別尊座像(寄木造、桧材、像高:約1m、極彩色)が祀られていて制作年代が明確で美術史上からも価値が高い像として昭和33年(1958)に国指定重要文化財に指定されています。参道中段にある随神門(神社山門)は江戸時代中期に建てられたもので入母屋、銅板葺き、八脚門、単層門、建物全体が朱色に彩色され組物や彫刻なども技術的に高く平成20年(2008)に飯田市指定有形文化財に指定されています。

鳩ヶ嶺八幡神社の社宝である獅子頭は室町時代に製作されたもので、往時は「青獅子」と呼ばれ雨乞いの祈祷などに利用されたと伝わるもので中世の獅子頭として貴重な事から平成7年(1995)に飯田市指定有形文化財に指定されています。鬼神面は鎌倉時代から桃山時代に製作されたもので明治時代以前に別当寺院だった神宮寺が所有し、追儺行事や修正会で利用されたと推定されています。神仏習合時代の数少ない遺構として貴重な事から平成18年(2006)に飯田市指定有形文化財に指定されています。菩薩面は室町時代に製作されたもので、鬼神面と同様に明治時代以前に別当寺院だった神宮寺が所有し、来迎会などで利用されたと推定されています。神仏習合時代の数少ない遺構として貴重な事から平成18年(2006)に飯田市指定有形文化財に指定されています。

鳩ヶ嶺八幡神社:本殿・随身門・写真

鳩ヶ嶺八幡神社
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