海野宿

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概要・歴史・観光・見所
海野宿(東御市)概要: 海野宿の前身は滋野氏やその後裔にあたる海野氏の城下町として町割されたと思われます(集落としては産土神である白鳥神社が平安時代末期には既に鎮座していた事からさらに遡ります)。海野氏は宗家である滋野則重の子供である重道、又は孫の広道が摂関家の荘園であった海野荘に配され地名に因み海野氏を名乗った氏族です。海野氏は望月氏、祢津氏と共に滋野三家と呼ばれ長く当地を支配しましたが戦国時代に入ると隣接する村上氏が台頭し、応仁元年(1467)には村上氏との戦いで当主である海野持幸が討死し小県郡塩田荘が奪われるなど次第に衰微しました。天文10年(1541)の海野平の戦いでは武田信虎、村上義清、諏訪頼重の連合軍が当地に侵攻し海野城は落城、事実上海野氏も滅亡しています。しかし、海野氏一族の娘を娶っていた真田幸隆が形式上は海野姓を継承したとし海野宿の前身である城下町も一定規模の町並みが残されたと思われます。天正11年(1583)、真田幸隆の跡を継いだ真田昌幸が上田城を築くと、海野郷に住んでいた住民が上田城の城下に移住させた為、町並みもかなり縮小しました。

江戸時代に入ると北国街道が開削され、寛永2年(1625)に正式に宿場町である海野宿として認めらた事で改めて町割りなども整備されました。当初、海野宿と田中宿は合宿でしたが事実上、間の宿扱いで本陣や脇本陣は認められず問屋のみが置かれ半月交代で伝馬役の負担がありました。寛保2年(1742)の大洪水で田中宿が大被害を受ける比較的被害が少なかった海野宿に本陣が移され、田中宿とは立場や格式が逆転しました。海野宿には本陣1軒、脇本陣2軒が設けられ参勤交代で宿泊や休息で利用する大名や善光寺詣での参拝客、佐渡金山で採掘された金や鉱物の輸送などで大変賑わい伝馬屋敷59軒、旅籠23軒を数えたそうです。本陣は元々問屋職を担っていた藤田伝左衛門家が兼任し、脇本陣は矢島六左衛門家と宮下彦左衛門家がその職を担いました。海野宿の外れには歴代領主から崇敬庇護され産土神でもあった白鳥神社が鎮座し延享3年(1746)に編纂された「海野宿屋敷割図」には総延長約6町(約650m)宿場の東西に枡形、中央に水路が設けられ両側には103軒の家屋が軒を連ねていたとされ25頭の馬が物資や書簡などの物流を支えていました。明治時代に入ると宿場制度が廃止され、新たに鉄道が敷かれ交通網が発展すると海野宿にある本陣や脇本陣、旅籠などの旅館業が急速に衰退し、変わって養蚕業が発達します。

現在見られる海野宿の町並みの中にも元々旅籠(当時の宿泊は相部屋が主流だった為、旅籠の2階は大きな部屋を作り易く養蚕に適していたと考えられます。)だった建物を改築し養蚕場とし屋根上部に「気抜き」と呼ばれる煙出しの小屋根を揚げている様子が随所に見られます。養蚕業は大きな富をもたらし、海野宿の町並みの特色の1つでもある「袖うだつ」を上げる家が増え旅籠時代の「出格子(出窓の格子戸)」や「出桁造(1階の外壁から桁を延ばし2階の外壁を支える構造)」、「海野格子(長短の格子が順序よく組み合わさっている)」が合わさり現在見られるような家並みに形成していきました。海野宿は現在も北国街道宿場町の古い町並みが残り昭和61年(1986)に「日本の道100選」に選定され、昭和62年(1987)には種別「宿場町・養蚕町」、面積13.2ha、選定基準(一)「伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの」として重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

海野宿
海野宿:町並み
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