田上観音堂

  ホーム木曽路木曽路:歴史・伝承・伝説・民話・昔話>行基菩薩
行基菩薩・概要: 行基菩薩は奈良時代を代表する日本の高僧で、当時は朝廷内の極限られた身分の高い人達しか許されなかった仏教の教えを、庶民に布教した事でも知られています。行基菩薩は当初は、行き過ぎた布教活動により朝廷から弾圧されましたが、その後許されて、僧侶の中で最高位である大僧正を日本で初めて賜り、奈良東大寺の大仏造立に携わり東大寺の「四聖」の一人に数えられています。又、行基菩薩は数多くの公共事業を推進した事でも知られ、その業績から庶民の信任を得て、行基伝説は全国に広まりました。

極楽寺・概要: 極楽寺は戦国時代末期から安土桃山時代に開かれたと伝わる臨済宗妙心寺派の寺院で、木曽路藪原宿(長野県木祖村)の中心的な寺院として信仰を集めました。特に本堂と山門は名工により江戸時代中期に建てられた貴重な建物として木祖村指定有形文化財に指定されています。

田上観音堂・概要: 極楽寺が管理する田上観音堂の創建は不詳ですが伝承によると、ある旅僧が田ノ上部落に訪れとある民家に一夜の宿を借り、翌朝出立しようとしたところ、背負ってきた仏像が急に重くなり全く動かなくなりました。すると、旅僧は、この仏像は飛騨の国に建立されていた寺院の本尊で行基菩薩が彫刻したものです。ここで動かなくなったのには仏の意があるのでしょう。と言って仏像を置いて去ってしまいました。そこで、村人達は相談して御堂を作り、行基菩薩が彫刻した仏像を本尊として祭ったのが始まりと伝えられています。現在の田上観音堂は江戸時代中期の茅葺屋根の建物で木祖村指定有形文化財、境内のシダレザクラは数百年の古木で木祖村指定天然記念物に指定されています。

スポンサーサイト
木曽路:歴史・伝承・伝説・民話・昔話
玄蕃之丞うなり石義仲の硯水子産みの栃お六櫛権兵衛伝説巴渕蛻庵稲荷山村稲荷阿古多丸浦島太郎
三帰翁木曽の桟姫宮伝説岩出観音定勝寺の化猫ふりそで乃松兜観音鯉岩倉科様田上観音堂(行基菩薩)
※「木曽路(中山道):歴史・伝承・伝説」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。ただし、推論、私論が多い為、参考にする場合は自分で現状や資料などで確認してください。リンクはフリーですが写真、文章の利用は許可しませんので御理解の程よろしくお願いします。