飯山藩

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飯山藩・歴史・観光・見所
飯山藩概要: 慶長8年(1603)松平忠輝の守役である皆川広照が4万石で入封し飯山藩(現在の飯山市周辺)を立藩、領内整備の途中で徳川家康から不快をかい慶長14年(1609)に改易。その後、江戸時代中期まで堀氏、佐久間氏、松平氏、永井氏、青山氏と比較的短期間で藩主が交代しています。享保2年(1717)に糸魚川藩(新潟県糸魚川市)から本多助芳が2万石で入封すると藩政が安定し本多家が10代藩主を世襲して明治維新を迎えます。財政的には本多家自体は石高が倍増しましたが、荒地や千曲川の氾濫などで安定的な年貢が確保できず、かえって糸魚川藩の時の方が豊かだったとされ享保9年(1724)には替地を申請し認められています。戊辰戦争の際は高田藩(新潟県上越市)領内から旧幕府軍の衝鋒隊が侵攻し、飯山城下が戦場となり大きな被害を受けています。

飯山藩歴代領主
 藩主名藩主年間石高備考
初代皆川広照1603〜16091万石 
初代堀直寄1610〜16164万石 
初代佐久間安政1616〜16273万石 
2代佐久間安長1628〜16323万石 
3代佐久間安次1632〜17383万石 
初代松平(桜井)忠倶1639〜16964万石 
2代松平(桜井)忠喬1696〜17064万石 
初代永井直敬1706〜17113.3万石 
初代青山幸秀1711〜17174.8万石 
初代本多助芳1717〜17252万石 
2代本多康明1725〜17302万石 
3代本多助有1730〜17372万石 
4代本多助盈1737〜17742万石 
5代本多助受1774〜18062万石 
6代本多助賢1806〜18582万石 
7代本多助実1858〜18672万石 
8代本多助成1867〜18682万石 
9代本多助寵1868〜18692万石 
10代本多助実1869〜18712万石 

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飯山藩と小菅神社−小菅神社は古くから当地域を代表する霊場で、真偽の程は判りませんが行基菩薩や坂上田村麻呂、弘法大師空海など名立たる歴史的な著名人が訪れ、北信濃三大修験場に数えられていました。戦国時代には小菅神社の境内が越後国と信濃国の国境や、越後上杉家の信濃国侵攻の軍事的拠点となった飯山城に近かった事から上杉家から篤く帰依さえ、小菅神社奥社本殿が奉納されています。江戸時代に入ると飯山藩の庇護の対象となり慶長11年(1606)は皆川広照(正式には藩主ではなく、松代藩主松平忠輝の御附家老で飯山城の城代4万石が与えられています。)と皆川広泰が神馬図絵馬(板絵着色、額装、両面法量、縦15.0cm、横180.0cm・飯山市指定文化財)が2面奉納され、万治3年(1660)には松平忠倶が小菅神社里社本殿の改築、元禄10年(1697)は松平忠喬が小菅神社講堂の修復などを行っています。

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