長野県・行基菩薩:縁の社寺・温泉

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社寺・温泉:一覧

名 称
場 所
内   容
・実相院・長野県
・上田市
・神亀2年(725)、行基菩薩が創建したと伝わる寺院です。大同元年(806)、坂上田村麻呂が角間渓谷の岩屋に巣食う毘邪王討伐の際には戦勝祈願が行われ、見事退治する事が出来たという伝説が残されています。
・長命寺・長野県
・東御市
・長命寺が管理する大日堂の本尊は天平元年(729)に当地に仏教を布教する為に訪れた行基菩薩が一刀三礼で彫刻したものと伝えられています。
津金寺・長野県
・立科町
・慧日山津金寺は大宝2年(702)、行基菩薩(天台宗の高僧)が旧東山道を利用し巡錫し、当地に差し掛かった際、戸隠権現の霊験を感じた事から一宇を設けて聖観音像を安置したとされます。その後、伝教大師最澄や慈覚大師円仁が津金寺発展に尽力し、当地域の天台宗の拠点として談義所(学問所)が設けられるなど大寺院として名を馳せました。その後、領主である滋野氏が菩提寺として庇護した事で寺運が隆盛し天台宗信濃五山に数えられました。
光輪寺・長野県
・朝日村
・天平年間(729〜794年)、全国巡錫中の行基菩薩が創建したと伝えられています。平安時代末期には木曽義仲の帰依を受け、現在地に境内を移すと弘法大師空海が彫刻したと伝わる薬師如来像を勧請したとされます。
野沢温泉・野沢温泉村・天平年間(729〜794年)、行基菩薩が巡錫で小菅神社に向かう途中で偶然、野沢温泉の源泉を発見し、その効能と入浴方法を住民に教授したと伝えられています。※野沢温泉の開湯伝説には諸説あります。
小菅神社・長野県
飯山市
・天平年間(729〜794年)、行基菩薩が小菅神社で修行を行っている際、小菅権現(馬頭観音)、熊野大社、金峰神社、白山神社、日吉大社、立山神社、走湯神社、戸隠神社の本地仏を彫刻し安置したと伝えられています。
渋温泉・長野県
・山ノ内町
・神亀年間(724〜729年)、行基菩薩が諸国行脚の折に発見されたとし、大湯を見下ろす高台にある薬師庵の本尊である薬師如来像は行基が渋温泉の守護神として自ら彫刻したものと伝えられています。
・湯田中温泉・長野県
・山ノ内町
・湯田中温泉は奈良時代に行基菩薩が発見したと伝えられています。一方、天智天皇の時代にに智由が源泉を発見し、石造の弥勒菩薩像を彫刻して安置したとの伝説が残されています。
文殊堂鹿教湯温泉・奈良時代、行基菩薩が巡錫で当地を訪れた際、素晴らしい景観を目にすると霊地と悟りました。行基が都に戻り、この事を申し上げ天皇から許可を得ると、3躯の文殊菩薩像を彫刻し、その内の1躯を弟子である園行に託され当地に一宇を設けて安置したと伝えられています。鹿教湯温泉は、その文殊菩薩が鹿に姿を変え、日頃から文殊菩薩を信仰していた猟師を源泉まで導いたとの伝説が残されています。

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※ 「全国の行基菩薩:縁の社寺・温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。リンクはフリーですが画像や文章等のコピーは行わないでください。