種田山頭火

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人 物 名
備 考
・種田山頭火・種田山頭火は山口県防府市出身で明治15年(1882)生まれ、明治時代から昭和初期の俳人で自由律俳句(定型に縛られずに作られる俳句。季語や五・七・五なども余り気にしないで文字通り自分が思った気持ちを自由に表現する俳句。)の代表的な人物です。種田家は元々は大地主で何不自由なく生活していましたが、明治25年(1892)に母親が33歳で投身自殺、正一(種田山頭火)10歳の時の事でした。明治39年(1906)頃から実家が酒造屋を買取、事業を行いましたが、何度も経営が行き詰まり大正5年(1916)には破産に追い込まれ、父親は夜逃げにより消息不明となっています。正一は明治42年(1909)に結婚し子供にも恵まれたものの、種田酒造が破産後に行った雅楽多書房(古書店)や雅楽多(額縁店)もうまくいかず、酒に頼るようになり結局妻とは離縁されています。一方、俳人としての名声は次第に高まり、熊本市の曹洞宗報恩寺で出家後は雲水姿で全国を歩き回り、数多くの作品を残しました。昭和15年(1940)に死去。享年58歳。

種田山頭火が木曽路を訪れたのは昭和14年(1939)の事で「旅日記」にその行程が記載されています。

・鳥居峠・芭蕉句碑と凡兆隠人句碑の見学。
・巴ヶ淵・山吹橋巴ヶ渕、清冽閑寂と評しています。
・木曽の棧・種田山頭火は木曽の棧で芭蕉の句碑を見学。「かけはしふめば 旅のこころの ゆるゝとも」の句碑。
・寝覚の床寝覚の床には「おべんとうを 食べて洗ふて 寝覚めの床で」の句碑。寝覚の床は素晴しい景観ではあるが、直ぐ近くに鉄道が通り、送電塔があるのは相応しくないと評しています。
・小野の滝小野の滝は見学のみ、とうとうと落ちる水を眺めると気がまぎれたようです。
・興禅寺興禅寺には木曽義仲の供養塔の見学。「さくらちりを へたるところ 旭将軍の墓」の句碑。
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