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諏訪大社(上社本宮・上社前宮・下社秋宮・下社春宮)

諏訪大社:四社概要

諏訪大社:概要
諏訪大社が位置頃から祀られたのかは判りませんが、国譲り神話で最後まで抵抗した建御名方神を祭る神社で、古くから武神として武家関係者から篤く信仰されました。記録的には「日本書紀」で持統天皇5年(691)に「信濃須波」の神を祀ると記載されている事から少なくとも飛鳥時代には既に鎮座していた事が窺えます。その後も「続日本後紀や「日本文徳天皇実録」、「日本三代実録」、「日本紀略」などの古文書に神階を授かる事が記載され、平安時代中期に成立した延喜式神名帳には格式の高い名神大社に列し、信濃国一宮に格付けられました。中世に入ると、上社・下社に別れたとされ、神仏習合も見られ両社共に別当寺院である神宮寺が存在していました。祭神である建御名方神が武神として信仰されていた事から鎌倉将軍家や信濃源氏から信仰の対象となった事で全国の武家達にも信仰が広がり大きく繁栄、一方で大祝家だった諏訪家と金刺家も国人領主化しお互い対立するようになり度々戦となっています。戦国時代に入ると武田信玄が諏訪地方に侵攻し、諏訪家宗家は滅亡、さらに、織田信長の信濃、甲斐侵攻の兵火で社殿が焼失し境内が荒廃します。江戸時代に入ると諏訪家の一族が徳川家康に与する事で再興を果たし、高島藩主として復権を果たしています。幕府も諏訪大社を庇護し3代将軍徳川家光は社領を上社に1千石、下社に5百石を安堵し社運も隆盛しました。
神社名所在地主祭神御神体大祝神長官一之御柱位置御柱方向
上社本宮諏訪市建御名方神守屋山諏訪家守矢家手前左守屋山
上社前宮茅野市八坂刀売神守屋山諏訪家守矢家手前右正面
下社秋宮下諏訪町建御名方神
八坂刀売神
イチイ金刺家→武居祝家手前右正面
下社春宮下諏訪町建御名方神
八坂刀売神
金刺家→武居祝家手前右正面

諏訪大社:社殿比較

神社名主社殿正面前方主社殿主社殿後方御柱配置
上社本宮参拝所拝殿・弊殿・左右片拝殿境内の大部分を囲う
上社前宮拝所(拝殿)・本殿伝:墳丘・遠方に守屋山拝所周辺を囲う
下社秋宮神楽殿弊拝殿(2重楼門)・左右片拝殿左右御宝殿・中央御神木拝所周辺を囲う
下社春宮神楽殿弊拝殿(2重楼門)・左右片拝殿左右御宝殿・中央御神木拝所周辺を囲う

諏訪大社:特殊神事比較

神社名共通神事特殊神事
上社諏訪大社式年造営御柱大祭・御神渡蛙狩神事(蛙生贄)・御頭祭(小動物の頭生贄)・御射山祭(狩猟神事)
下社諏訪大社式年造営御柱大祭・御神渡筒粥神事(収穫を占う)・御舟祭(遷座祭:季節によって秋宮、春宮交互に遷座)

諏訪大社:文化財比較

諏訪大社上社本宮
幣殿(天保6年、切妻、銅板葺、間口1間、立川流二代目富昌作、国指定重要文化財)
拝殿(天保6年、向唐破風造、銅板葺、桁行1間、梁間1間、国指定重要文化財)
左片拝殿(天保6年、片切妻、片唐破風、銅板葺、間口2間、背面2間、梁間2間、国指定重要文化財)
右片拝殿(天保6年、片切妻、片唐破風、銅板葺、間口2間、背面2間、梁間2間、国指定重要文化財)
脇片拝殿(天保6年、切妻、銅板葺、桁行3間、梁間1間、国指定重要文化財)
四脚門(慶長13年、切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門、国指定重要文化財)
布橋(安永6年、切妻、銅板葺、桁行38間、梁間1間、国指定重要文化財)
勅願殿(弘化4年、切妻、銅板葺、平入、桁行3間、背面5間、梁間3間、国指定重要文化財)
文庫(切妻、桧皮葺、平入、桁行1間、国指定重要文化財)
勅使殿(安政6年、唐破風、妻入、銅板葺、桁行1間、梁間1間、国指定重要文化財)
五間廊(安永2年、切妻、銅板葺、妻入、桁行5間、梁間1間、国指定重要文化財)
摂末社遙拝所(文政11年、切妻、銅板葺、平入、桁行3間、梁間2間、国指定重要文化財)
神楽殿(文政10年、入母屋、銅板葺、妻入、桁行4間半、梁間3間、国指定重要文化財)
天流水舎(文政11年、切妻、銅板葺、妻入、桁行1間、梁間1間、国指定重要文化財)
神馬舎(弘化3年、切妻、銅板葺、妻入、桁行3間、梁間3間、国指定重要文化財)
入口御門(文政12年、切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門、国指定重要文化財)
諏訪大社上社神宮寺五重塔鉄製伏鉢残闕(長野県指定文化財)
上社社叢(長野県指定天然記念物)
御柱祭り(7年毎、寅と申年の式年際、日本三大奇祭、長野県指定無形民俗文化財)
上社十五夜祭奉納相撲(長野県指定無形民俗文化財)
諏訪大社上社前宮
諏訪大社上社前宮神殿跡(長野県指定史跡)
御柱祭り(7年毎、寅と申年の式年際、日本三大奇祭、長野県指定無形民俗文化財)
諏訪大社下社秋宮
幣拝殿(安永9年、楼造、切妻、銅板葺、正面軒唐破風、桁行2間、梁間2間、国指定重要文化財)
左右片拝殿(安永9年、切妻、銅板葺、桁行5間、梁間2間、国指定重要文化財)
神楽殿(天保6年、切妻、銅板葺、妻入、桁行5間、梁間3間、国指定重要文化財)
銅印(売神祝ノ印:大同年間、高さ3.6cm、縦5.0cm、横4.8cm、国指定重要文化財)
御柱祭り(7年毎、寅と申年の式年際、日本三大奇祭、長野県指定無形民俗文化財)
青塚古墳(6世紀後期〜8世紀頃、全長57m、前方後円墳、長野県指定史跡)
秋宮社叢(境内約14000u、「お宝木」など、下諏訪町指定天然記念物)
専女の欅(推定樹齢千年、樹高31m、幹周7.1m、下諏訪町指定天然記念物)
経塚出土品(舟形水差・和鏡・花形鋺・黄瀬戸香炉・灰釉と黄金、下諏訪町指定文化財)
宝物(和鏡・舟形錠・鎌、下諏訪町指定文化財)
文書(江戸幕府朱印状・小笠原家寄進状:安堵状など5通、下諏訪町指定文化財)
諏訪大社下社春宮
神楽殿(国指定重要文化財)
幣拝殿(安永8年、楼造、切妻、銅板葺、正面軒唐破風、桁行1間、梁間2間、国指定重要文化財)
左右片拝殿(安永8年、片流、銅板葺、桁行5間、梁間1間、国指定重要文化財)
御柱祭り(7年毎、寅と申年の式年際、日本三大奇祭、長野県指定無形民俗文化財)
下馬橋(元文元年、切妻、妻入、銅板葺、桁行5間、梁間1間、下諏訪町指定文化財)
春宮社叢(境内約16048u、下諏訪町指定天然記念物)

諏訪大社・一覧

諏訪大社上社前宮
上社前宮上社は下社より上流に位置し延長5年に完成した延喜式神名帳によると「信濃国諏訪郡 南方刀美神社二座 名神大」と記載されている事から古代から既に上社と下社に分かれていた事が窺えます。明確な記録は、平安時代末期の治承4年に上社と下社と別に記載され少なくともこれ以前から別れて信仰されてたと推定されています。当初、上社は前宮に位置する場所が信仰の中心でしたが時代が下がると祭祀を司る大祝家と、行政、軍事を司る惣領家と明確に別れ、室町時代に惣領家が新たな居城である上原城に移ると次第に政治的中心から離れさらに、江戸時代に入り大祝家の居館も当地から離れると次第に荒廃し長く本宮の摂社という立場に甘んじました。
諏訪大社上社本宮
上社本宮前宮の荒廃とは対比し、次第に上社の信仰の中心となりました。戦国時代に惣領家の諏訪氏が武田家の侵攻により一時断絶し、さらに兵火で社殿が焼失した事で衰微しましたが、江戸時代に入り諏訪氏が復権し高島藩主として返り咲くと再興に勤めています。元々、本宮周辺が行政の中心で門前町も整備されていましたが、名跡を継いだ諏訪氏は諏訪大社とは一定の距離をとり、離れた場所に高島城を築き城下町に甲州街道を引き込む事で行政と経済を分離しました。当然、信仰の中心は引き続き諏訪大社が担い、境内には壮麗な社殿が造営されました。ただし、再建された拝殿背後の直線上に守屋山が無いなど良く解らない部分も多いとされます。
諏訪大社下社秋宮
下社秋宮上社から見ると下流に位置し、古くから上社とは分離していたと思われます。大祝は代々金刺家が世襲してきましたが、中世以降、上社の大祝である諏訪家と対立し武装化する事で武士団を形成しました。鎌倉時代中期頃から上社との本社争いが激化し、その後も何かにつけて対立するようになり室町時代中期には上社の侵攻により下社の社殿が焼き討ちとなる出来事もありました。戦国時代に入ると上社の内部対立に巻き混まれ金刺興春が討死し社殿が兵火により焼失した事で下社の没落が決定的となりました。金刺氏が滅ぶと武居祝氏が祭祀を司りましたが所謂、大祝には就任しなかったとされます。江戸時代には宿場、門前、湯治場として繁栄しました。
諏訪大社下社春宮
下社春宮秋宮と春宮の関係は上社の前宮と本宮との関係とは異なり同列、同格です。古くから日本には春になると田の神として里に降り、秋になると山の神として山に帰るといった信仰が各地で見られ、諏訪大社下社でも同様な思想が窺えます。その為、2月と8月には遷座祭(お舟祭)が行われ御霊代(依り代)が秋宮と春宮の両社間を遷座を繰り返す神事が行われます。例大祭である8月1日に春宮に鎮座していた御霊代を舟(柴舟)に乗せて秋宮に遷座し、2月1日に行われる遷座祭では、例大祭に比べると質素に行われ、秋宮から御霊代が春宮に遷座します。1月14日の夜から1月15日にかけては今年の農作物の収穫や出来などを占う筒粥神事が行われます。
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