旧松代藩鐘楼

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概要・歴史・観光・見所
旧松代藩鐘楼(長野市松代町)概要: 現在の鐘楼は享和元年(1801)に再建されたもので切妻、桟瓦葺、袴腰付(下見板張、縦押縁押)、通常の寺院の鐘楼と異なり城下町に一刻(約2時間)毎に時刻を知らせ、火事の時の非常時を知らせる目的があった為、高く大型になっています。松代藩の鐘楼の歴史としては元和8年(1622)、初代松代藩主に就任した真田信之が上田城(上田市)から松代城に移封となり城下町の整備を進め、寛永元年(1624)に松代藩の足軽割番役所の敷地内に設置したのが始まりとされます。鐘楼からは毎日24時間体制で2時間置きと火災などの緊急時に打ち鳴らされ、城下町に住む人々の生活に大きく関わった事から享保2年(1717)、天明8年(1788)、寛政12年(1800)と3度の火災に類焼し焼失してもその都度再建されています。当時は鐘楼の脇に火の見櫓も設置されていましたが明治時代初頭に取り壊されています。又、この鐘楼は嘉永2年(1849)に佐久間象山(松代三山の1人、松代藩士、兵学者、朱子学者、思想家)が電信実験(※1)を成功した場所としても知られ「日本電信発祥の遺跡」でもあります。梵鐘は太平洋戦争時に供出されましたが近年、旧梵鐘を模したものが鋳造され取り付けられています旧松代藩鐘楼は昭和43年(1968)に長野市指定重要文化財に指定されています。

補足−(※1)電信実験−嘉永2年(1849)、佐久間象山はオランダ語で記されたショメール百科事典を元に試行錯誤の上、電信機を開発し、上記の鐘楼から約70m離れた御使者屋まで絹巻電線を張り電気通信の実験を行いました。その際、自分の名前である「サクマシュリ」を送ったとされますが、詳細は不詳で実験が成功したのかも不明です。

旧松代藩鐘楼:写真

鐘楼
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