長野市松代町: 八田家住宅

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概要・歴史・観光・見所
八田家住宅(長野市松代町)概要:  八田家は古くは武田家に仕える豪族でしたが武田家が滅ぶと真田家を頼り信州に逃れてきました。真田信之が松代藩(藩庁:松代城)に移封になると随行、松代藩の御用商人として隆盛し、酒造業を営む一方で藩の財政を支え佐久間象山とも関係が深かったと言われています。現在の建物は谷街道の街道沿いに位置し明治30年(1897)に建てられたもので木造二階建て、寄棟(東側切妻)、桟瓦葺、建築面積273u、外壁は真壁で白漆喰で仕上げられています。八田家住宅主屋は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」との登録基準を満たしている事から平成17年(2005)に国登録有形文化財に登録されているだけでなく、長野市景観重要建築物でもあり長野市の景観賞も受賞している松代を代表する豪商建築として貴重な存在です。

【 八田家 】−八田家の祖は土豪として武田家に与していましたが、天正10年(1582)に武田家が滅ぶと、帰農し真田家を頼ったようです。元和8年(1622)に真田信之が松代城に移封になると、その城下町の本町に屋敷を構え、宝永4年(1707)に八田孫左衛門重以が本家から分家し宝永6年(1709)に伊勢町に移り住むと造り酒屋や呉服業などを生業ました。その後は豪商として名を馳せるようになり、松代藩の御用達商人として藩の財政を支えるようになり、町年寄役などの上役も歴任しました。江戸時代後期には松代藩の製紙業発展にも尽力し4代目当主である八田嘉右衛門知義は藩の糸会所の取締役に就任し、明治2年(1869)に発足した松本商法社でも大きな役割を担っています。その後も第六十三国立銀行頭取に就任するなど松代町を代表する豪商として当地の政財界に大きな影響力がありました。八田家の屋敷内には良質な古建築が多く、主屋、大土蔵、土蔵、長土蔵、塀、表門が国登録有形文化財に登録されています。

八田家住宅の国登録有形文化財
・ 主屋-明治30年-木造2階建、寄棟、桟瓦葺、建築面積273u
・ 大土蔵-江戸後期-土蔵造2階建、切妻、桟瓦葺、建築面積74u
・ 土蔵-明治30年-土蔵造2階建、切妻、桟瓦葺、建築面積33u
・ 長土蔵-明治30年-土蔵造平屋建、切妻、桟瓦葺、建築面積132u
・ 塀-明治30年-切妻、桟瓦葺、簓子下見板張、延長9.0m
・ 表門-明治30年-切妻、桟瓦葺、一間一戸、間口7.0m

八田家住宅:写真

八田家住宅
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