諏訪湖: 温泉寺

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概要・歴史・観光・見所
温泉寺(諏訪市)概要: 臨江山温泉寺の創建は寛永17年(1640)、高島藩2代藩主諏訪忠恒が泰嶺和尚(慈雲寺)を招いて開山したのが始まりと伝えられています。初代諏訪頼水は頼岳寺(茅野市:諏訪氏廟所は市史跡)の開基となりましたが居城である高島城の近接地に帰依していた泰嶺和尚を招いて菩提寺を計画、頼水は寛永17年隠居した為、忠恒が意思を受け継いだ形となりました(頼水は寛永18年に死去)。明治3年(1870)に火災により多くの堂宇を焼失、廃藩置県と廃城令により高島城が廃城になると能舞台と城門が移築され能舞台は本堂に城門が山門に改修されています。又、明治時代初頭に発令された神仏分離令と廃仏毀釈により諏訪大社上社本宮から御神体だった鉄塔(石塔:2m)が移つされています。この鉄塔は漢字とは異なり石造で当初、弘法大師により建立された鉄塔が腐朽した為、源頼朝が再興しさらに寛永8年(1631)に諏訪忠恒が石造に造り直したと伝えられています。境内奥には高島藩主である歴代諏訪家の墓である石塔が並び周囲には寄進された石灯籠が建立されています。中部四十九薬師霊場第7番札所。諏訪三十三番観音霊場第24番札所。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:釈迦如来。

温泉寺の文化財
・ 梵鐘−永享2年−天正10年織田信忠が安養寺から略奪−長野県県宝
・ 鉄塔−寛永8年−諏訪大社上社本宮から移す−諏訪市指定有形文化財
・ 舎利塔−高さ20cm、宝形、方3間−諏訪市指定有形文化財
・ 木造地蔵菩薩座像−総高86p、座高52p−諏訪市指定有形文化財
・ 本堂の能舞台遺構−文政10年−高島城から移築−諏訪市指定有形文化財
・ 山門−江戸時代−薬医門、高島城から移築−諏訪市指定有形文化財
・ 鏡板−岩本琴斉筆、横512.5p、高さ240p−諏訪市指定有形文化財
・ 一切経入経蔵−安永9年-初代立川和四郎富棟作の輪蔵安置-市指定文化財
・ 泰嶺和尚書軸-寛永17年−縦73.3p,横31.7p,軸装-諏訪市指定文化財
・ 高島藩主廟所−歴代諏訪氏の墓碑、石灯篭が110余基−諏訪市指定文化財
・ 枝垂桜-推定樹齢300年以上-忠恒が大坂の陣後に持ち帰る-市指定天然記念物

【 温泉寺:菩提者(諏訪家) 】−諏訪家は、全国各地に鎮座する諏訪神社の総社である諏訪大社の大祝家だった家柄で、中世以降は武装化し周辺地域を支配していました。戦国時代に入ると武田信玄の謀略により諏訪家惣領家は断絶し、信玄と諏訪御料人(諏訪頼重と側室との娘)との子供である武田勝頼(当時は諏訪四郎勝頼)が諏訪家の名跡を継ぎましたが、勝頼が武田家を事実上継ぐ形になりました(形式的には勝頼の嫡男信勝が当主で勝頼は陣代、後見人という立場)。天正10年(1582)、武田家が滅亡すると最後の惣領家の従兄弟にあたる諏訪頼忠が名跡を継ぎ、さらに独立を画策、一時諏訪地方を掌握しますが徳川家康の侵攻により和睦し徳川家に臣従しました。天正18年(1590)に家康の関東移封に伴い諏訪を離れましたが、跡を継いだ頼忠は慶長5年(1600)の関が原の戦いで東軍方として行動した為、その功により慶長6年(1601)、旧領となる信濃国高島領2万7千石が与えられ高島藩(藩庁:高島城)を立藩し復権します。

慶長20年(1615)の大坂の陣では頼忠は甲府城(山梨県甲府市)の守備が、長男の忠頼は大坂参陣が命じられ、その功により5千石が加増され合計3万2千石になっています。3代忠晴は弟の頼蔭と頼久にそれぞれ1千石づつ分知し、3万石となっています。幕末の元治元年(1864)には尊皇攘夷派の水戸藩脱藩浪士などで結成された天狗党が上洛を目指し中山道を西上、高島領内に通過した際、交戦となり大きな被害を受けています。戊辰戦争の際は比較的早くから新政府軍に協力し北越戦争や会津戦争など各地に転戦し功を挙げています。諏訪家の菩提寺は長く永明寺が担っていましたが、当時の住職が罪人を匿った為に初代頼忠は寺毎焼き討ちにし、寛永8年(1631)、新たな菩提寺として頼岳寺を創建しています。ただし、頼岳寺は高島城(諏訪市)から離れていて不便だった事から城下に近い場所に菩提寺を計画していたとされ、2代忠恒が遺志を継いで、泰嶺和尚を招いて臨江山温泉寺(諏訪市)の創建し代々の菩提寺としました。温泉寺の境内には2代忠恒から8代忠恕までの墓碑が建立されています。

温泉寺:写真

温泉寺
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